
去る平成13年10月21日(日),土浦市総合福祉会館(ウララ2)4階・講義講習室において,茨城・吃音者のつどいが開催されました。
12:00ごろから会場に会員が集まり,受付の設置等の準備を行いながら参加者を待っていますと,一人,また一人と参加者の方がお見えになり,30名強くらいの方々の参加を得て,つどいは開催されました。
東京から来てくださった小室さんのユニークな司会のもと,会長の小林さんのあいさつに始まり,つづいて体験発表。会員の藤本栄一さん,苅部淳さん,東京言友会の篠塚喜美恵さん,そして当日会場にいらした方の中からお一人が,それぞれの吃音に対する思いやお考えを発表されました。参加者の方が,発表者の話に熱心に耳を傾けられている姿が印象的でした。
体験発表の余韻が残る中,プログラムはつどいのメインイベントの一つである,小林宏明さん(筑波大学心身障害学系助手)の講演へと進みました。一吃音者であり,また吃音に関する研究を行う研究者でもある小林さんの自己紹介に始まり,「吃音に負けないための3つの提案」へと講演は進んでいきました。(講演内容の詳細については,次ページ以降に掲載されている小林さんの投稿文や講演資料をご覧下さい。)小林さんの,吃音に関する深い知識と,ご自身の吃音者としての体験にもとづいたお話は,わかりやすくかつ深みのあるもので,私も一参加者として聴かせていただき,大変得るもが多くありました。
少し休憩をはさんだ後,いすを円くならべて座り,参加者同士で「ことばを使わない自己紹介」(できるだけ多くの参加者と,ことばをかわさず目と目を合わせて握手をするというもの)を行いました。ことばは一言も交わしていないのですが,この自己紹介のおかげで,会場の雰囲気がたいへんやわらいだように思います。
続いて,「子どもの吃音を考えるグループ」と「成人の吃音を考えるグループ」に別れ,それぞれのグループで話し合いが行われました。1時間があっという間に過ぎてしまい,「もう少し話したかった」という声が参加者から聞かれましたが,最後のグループ代表の発表から,各グループとも短い時間の中ではありますが,充実した話し合いが行われた様子がうかがえました。
最後に,このつどいに参加しての感想をアンケートに記入していただき,実行委員長の井上さんの閉会のあいさつをもって,解散となりました。
井上さんを中心に,後援の申請や市町村の広報誌等への案内の掲載依頼,ポスター貼り等,準備してきたこのつどい。多くの参加者に恵まれ,多くの出会いを生みました。
つどいの後の2次会・3次会も大成功だったことを付け加えて,簡単ですが今回のつどいの報告とさせていただきます。
プログラム
| 時間 | 内容 |
| 1:00 | 開会の挨拶 |
| 1:05 |
体験発表 −吃音に関するさまざまな経験を発表してもらい、 私たちにとって、吃音とは何かを探ります。 |
| 1:35 |
講演 「吃音に負けないために」 −講師: 小林宏明 (筑波大学心身障害学系助手) −講演と質問コーナ |
| 2:05 | 休憩 |
| 2:30 | 吃音問題に向けての話し合い -前半:希望テーマに分かれた話し合い(小グループで 約60分) -後半:グループの代表者の発表( 約10分) |
| 3:55 | 閉会の挨拶 |
自己紹介
・「吃音者」と「研究者・言語聴覚士」の2足わらじ
吃音に負けないための3つの提案
その1「『But
to Good(駄目なところを良くする)』ではなく,『Good to
Better(良いところをより良くする)』でいこう」
・新しい障害観「障害vs非障害」から「多数派vs少数派」。
↓
・吃音が「悪いこと」だから「治す」のではなく,困るから「改善」するのである。
・「吃る」人も「吃らない」人も双方とも変わることが必要。
その2「『滑らかに(流暢に)』ではなく,『楽に』でいこう」
・何故話をするか?→「伝えたいことを伝えるため」→必ずしもなめらかに(流暢に)話す必要はない。→自分なりのスタイルで話せればよいのではないか。
・楽に話す際の2つの原則
第1原則 力をぬいて,ゆっくりと,スムーズに
第2原則 楽に「吃る」方法と,楽に「話す」方法の使用
| 利点 | 欠点 | |
| 楽に「吃る」 | 時間と労力がかからない | 「吃る」ことを受け入れる必要大 |
| 楽に「話す」 | 「吃る」ことを受け入れなくてもある程度可能 | 時間と労力がかかる |
その3「『理想追求型』ではなく,『現場主義型』でいこう」
・吃音の問題の改善に時間がかかる。→吃音の問題を完全に解消してからその他の問題にあたるのは現実的でない。→「吃音を持ったまま」で当面の問題に対処する必要がある。
↓
・「8割主義」(完璧は目指さないで,少し吃ってしまっても話す目的が伝われば良しとする)
・吃音問題を「聖域化」するのではなく,「相対化」して考える必要がある。
おわりに代えて
ドナ・ウイリアム(自閉症者で「自閉症だったわたしへ」の作者)のことばをもじって
・「吃音による症状がわたしなのではない」
・「わたしは吃音と闘うことができるのだ。吃音をコントロールすることができるのだ。吃音が私をコントールするのではない」
この度,第2回茨城県吃音者の集いで講演をさせていただいた。吃音者の集いという公の場で,自身の吃音に対する考え方を発表させていただけるということに,とても光栄な思いがした。しかし,同時に,「私などに皆さんのお役に立つことを話すことができるのだろうか?」という不安も大きかった。
ご承知の通り,吃音の問題は,非常に多岐に渡るものであり,個人差もとても大きい。ある方にとって非常に大きな問題となるような事態が,他の方には取るに足りないことであったりする。ある人にとってとても有効な方法が,他の人には逆効果となる場合だってある。一体,どのような話をしたら,お集まりいただく方々にとって「聞いて良かった」と思っていただけるような話となるのか。お話をいただいて数ヶ月の間,頭のどこかでこのことを考え続けていた。
そして,結局思い至った結論は,「自分が現段階で本当に納得していることを言おう」ということであった。もしかしたら,今自分が本当と思っていることは,10年後には間違っていることになるかもしれない。でも,自分が本当に納得していることだったら,教科書などの受け売りではなく,自分の言葉で話すことが出来るのではないか。本当に理解していることだから,自信を持って話すことが出来のではないか。そう考えたのだ。
あと,もう一つ早い段階から,決めていたことは,ドナ・ウイリアムズさんのことばを引用することであった。
・
「自閉症による症状がわたしなのではない」
・
「わたしは自閉症と闘うことができるのだ。自閉症をコントロールすることができるのだ。自閉症が私をコントールするのではない」
これらのドナさんの言葉は,本当に勇気を与えるものであり,私は大きな感銘を受けた。特に,「自閉症が私をコントロールするのではない」というくだりには多くのことを考えさせられた。深刻な問題に悩まされているのは私たち吃音者だけではない。この世の中にはそれこそ星の数ほどの深刻な問題が山積しているのだと思う。ついつい,「どうせ,自分には吃音があるから」とあきらめてしまうことがある。しかし,これは,吃音に自己をコントロールされてしまっている状態なのではないか。そして,しんどいながらも,このような考えから脱却する方向に動きだしたとき,「吃音をコントロールできる」ようになるのではないか。そう考えたのである。
今回,講演で取り上げた考え方の内,その1「『But
to Good(駄目なところを良くする)』ではなく,『Good to
Better(良いところをより良くする)』でいこう」は,心身障害学という障害を持つ人のことを取り扱った学問の中で最近注目されている考え方の一つをまとめたものである。また,その2「『滑らかに(流暢に)』ではなく,『楽に』でいこう」,その3「『理想追求型』ではなく,『現場主義型』でいこう」は,吃音治療に関する教科書に取り上げられている考え方の最大公約数的な考え方を私なりに咀嚼した上で説明したものである。
前述したように,吃音には様々なタイプが存在することが知られており,ある人にとって有効な方法が別の人には効果がない場合も多い。また,吃音の改善にはとても長い年月がかかることが知られている。しかし,多くの吃音治療の専門家は,各々に適した方法で継続的な活動を重ねていけば必ず吃音の問題は軽減されると信じている。私もこれらの考え方に全く同意見である。今回の講演をさせていただくことで,私自身は,とても勉強になったし,得るものが多かった。このような機会を与えて下さった集いの運営委員長である井上さんと,最後まで熱心に聞いて下さった参加者の皆さまに心より感謝の意を申し上げます。 
* ドナ・ウィリアムズ (Donna
Williams)
1963年 オーストラリア生まれ。
いわゆるワ−キング・クラスの家庭に育った。常に自分の世界と世の中とのズレに悩み周りからも異常扱いされて不幸な少女時代を送るが,ある精神科医の励ましと彼女自身の大きな努力で大学に進学。その後に自分がまぎれも無い自閉症であることを知った彼女が幼児からの記憶を綴った『NOBODY
NOWHERE』(邦題『自閉症だったわたしへ』新潮文庫刊)は,自閉症患者の精神世界を内側から描いた世界初の書として十数ヶ国語に翻訳されて世界的ベストセラーとなった。
* 自閉症(中枢神経系の機能不全が原因として推定される発達障害の一つ)